相刻のネクサス chapter 3 幕間15
20240215_2
- !SYSTEM
- アニトラが入室しました
- !SYSTEM
- ソフィアが入室しました
- ソフィア
- ころしたね!
- アニトラ
- ソフィアより先にころした説!?
- そ、そんな わたしはころしてない
- ソフィア
- 誰を殺ったんだ、いえ
- アニトラ
- ライフォスの~、信徒ですかねぇ~……
- ソフィア
- それは殺していいやつですね、無罪
- アニトラ
- コロンビア
- ソフィア
- あえて他のCCは
- なにひとつ
- みていません
- アニトラ
- はい
- ソフィア
- ちょっとまってね
- アニトラ
- だいじょび
- ソフィア
- フィオちゃんのえっちな部屋の描写捜してくる
- アニトラ
- えっち///
- ソフィア
- えっちすぎてあんまり細かい描写はなかった
- つまり私たちの自由自在……
- アニトラ
- いやらしい……
- ソフィア
- じゃあ
- フィオリの部屋の新しい主になっておくか……
- アニトラ
- 様子を見にきたでなく、気づかずに来た体で行きますと先にいう!
- ソフィアエナ・ウル・シールか……
- ソフィア
- いけそうだろ
- アニトラ
- 目を細めたらフがソに見えるしね(?
- ソフィア
- じゃあなんかいい感じに
- 描写!!!
- する!!
- アニトラ
- びょ
-
-
- アニトラ
- ありがぴ……
- 長い旅の末、刻剣ネクサスを手に入れ、ロージアン魔法学校に持ち帰った冒険者一行。
- 学園長であるスタニスラスへの報告を終え、その処遇を決める評議会において、紆余曲折はあったようだが最終的には魔剣の封印が決定される。
- 封印のための儀式を行えば、長かった仕事も一段落し、胸を張ってイルスファールへ帰還することが出来る。
- はずだった。
- 封印の儀式は思いもよらぬ闖入者によって妨害され、破壊され、多くのロージアンの関係者たちが犠牲となる。
- その中には、魔法学校の生徒でもあり、〈星の標〉の冒険者でもあるフィオリエナ・ウル・シールも含まれていた。
-
- ソフィア
- 事件の後、まだ動揺の収まらない秘儀の間アルカナムをひとり先に後にした少女は、覚束ない足取りで学園の寮へと戻ってきていた。
- フィオリエナのことを誰にも負けないくらい大切に思っていた少女には、彼女が目の前からいなくなってしまったという事実は到底受け止められるものではない。
- 今しがた起こった出来事は全部誰かが悪戯で仕組んだもので、フィオリエナは皆を驚かせるために何処かに潜んでいるかもしれない。
- そう自分に言い聞かせ、寮中を回ってみてみるものの、少女の姿は何処にもない。
- 最後に、意図的に避けていた彼女の部屋へとやってくると、震える手でドアを開いた。
- そこにあったのは静寂だけ。主のいない部屋は、昨晩訪れた時とは違い、主の性格を反映したかのように整えられていて、それが逆に、ソフィアの心を深く突き刺した。
- 彷徨う幽鬼のようにふらふらと部屋に入った後、何処かに彼女が隠れていないかと、ベッドやテーブルの下、タンスの奥、窓の外に広がる空と、人が入るはずのないところまで捜してみたが、なにひとつ手がかりは見つからなかった。
- 何度か同じことを繰り返した後、少女は心身共に疲れ果ててベッドの上に座り込む。
- そこには、昨夜フィオリと一緒に被って、年頃の少女らしい会話に興じた毛布がある。
- アニトラ
- ウッウッ
- ソフィア
- それに触れても、被っても、昨日のような温もりはもう感じられない。
- アニトラ
- かばいとう
- ソフィア
- 「……………………」 それから少女は、長い時間微動だにせず、ベッドの上に蹲っていた。
- ソフィア
- おまたせ!!1
- アニトラ
- うおおおおおおお
- アニトラ
- 605号室……〈星の標〉から来た冒険者の一人、トゥエルヴが使っている部屋。そこから小柄な人影が出てくる。同じくして仲間の一人、アニトラの姿。
- 救護・搬送などの作業が一通り終わる頃にはもう日は落ちて、夜になっていた。レイヴェンは別のところで作業に追われていたのか居合わせなかったが、イーサン、レイラと出会って、ようやくと一息ついていた。
- 少々会話をして、その後作業にあたらなかった他の仲間のことが気になり、様子を見に行っていた。
- そうして部屋から出てきた少女は、手酷くやられたような、すっかり気落ちした様子であった。
- 痛みを抑えるように胸の上を手で抑えて、不意に小さく咳き込む。
- 「……」 トゥエルヴに言われたことと、心の内から湧き上がった悔しさが頭の中でリフレインしている。
- 後ろ髪を引かれるように、610号室の方へと視線が移る。
- 黒い煤となって姿を消し、行方不明となった彼女はそこに居ない……。そんなことは理解しているが、確かに居た証を目にしたくなって、足取り重く、その部屋へと向かう。
- もうこのまま部屋に戻って休めばいいのに、と考えが過る。それを無視し、痛みを抱えたまま、その扉の前に立った。
- ノック……は、しない。居ないのはわかっている。鍵はどうか。ドアノブに手をかけ、緩く押す。
- 鍵は開かれたままで、力を込めれば軋む音を立ててドアが開かれる。
- 部屋の中に気配は――微かにあった。
- アニトラ
- すると呆気なく開いた。それを疑問に思わずに、中へ入るなり扉を閉じた。
- 薄暗い部屋の中で、ベッドの上に蹲っている少女の姿だけがそこにある。
- アニトラ
- 薄暗闇を見渡して、僅かに見える整えられた室内に痛ましく思う。それを再確認した。伏し目がちになって、抱えきれないような様子でため息を吐いた。
- ソフィア
- 部屋に入っても、中に居る者に反応はない。
- 姿は見えども、そこには誰も存在していないかのように、その存在は希薄だ。
- アニトラ
- 再び顔を上げて、改めて見て……そこでようやく、息づく者の気配に気がついた。
- 反射的に身構えてベッドの上をよくよく見れば、そこにはソフィアが蹲っている姿があった。
- ソフィア
- 「…………」 アニトラの気配に気付いていても、顔を上げることはない。
- アニトラ
- ああ、そうか、彼女は先にフィオリの部屋に。ちょっと考えれば予想出来る先客なのに、不用意に入ってしまった。
- 「……ごめんなさい」 ぽつりと、掠れた言葉が溢れた。
- ソフィア
- 突然投げかけられた言葉に、少しだけ顔が動いた。光のない赤い瞳がアニトラを映す。
- アニトラ
- 一体今、自分は何に対して謝ったのだろう。
- 先客の予想せずに入ってしまったことか。フィオリをかばえなかったことか。
- ソフィア
- しばらく無言のまま見つめていたが、ぽつりと消え入るような声を零す。 「……別に、いいよ」
- その「いい」には、謝罪を受け入れる意思や気にしないでいいなどという思考は込められていない。
- ただ何もかもがどうでもいいと表しただけの虚ろな言葉だ。
- アニトラ
- 「……」 許しか、諦観か。その言葉を聞いて救われるような気持ちにならないのは勿論、そのために言ったわけでもないから、ただその言葉が耳に届いた。
- ソフィア
- 「…………」 何をしに来たのか、という言葉すら口にしない。そんなことを言ったって、何の解決になるわけでもないからだ。
- もう遠い昔のことのように思えるあの時と同じ……。両親から見放され、何もかもを諦めてただ独りで空想の世界に閉じこもり、得られない愛を求めるだけだった日々。
- まるで自分だけ時間がその時まで戻ってしまったようだった。
- アニトラ
- 「……わたしのことも、友達として見てくれていました」
- 「彼女の、ささやかな、大事なものの中に入れてくれたようで、嬉しかった」
- ソフィア
- 「……」 しばらくの間。
“フィオリは、私にも優しくしてくれるくらい、いい子だったから”。そう言おうとして、今はその名前を口にすることさえも辛くて、言葉に詰まる。
- アニトラ
- 「大事なものを亡くして、人と深く関わり合いがなかったわたしに、新たな関係が生まれて……」
- 「ああ……そうね。生きていて苦しかったんですね、きっと」 他人事のように、呟くような言葉。 「今まで持っていた世界以外に、守りたいと思えるような世界を、広げて貰えたんです」
- ソフィア
- 「……そう……。……アニトラさんにとっても、大事な人なんだね」
- アニトラ
- 鏡の迷宮の中で見た、懐かしい光景。更にその奥、再現されなかったかつての世界が目に浮かんでいた。
- 「家族は居ました。けれどそれだけが、世界の全てだった。友達と呼べるものは居なかった。作る必要もなかった」
- 「……あの時も、今も。かけがえのないものは、わたしでは守れなかった」
- ソフィア
- 「……そう」 ただ返すだけの抑揚のない平坦な相槌。誰が悪いのだと責め立てることが出来たのなら、どれだけ楽だったろう。
- イルスファールに来る前の自分ならば、間違いなくそうしていた。悪いのは自分ではなくて、外にある。誰も自分を認めてくれないのなら、せめて自分だけは自分に責めてはいけないと、外に一切の責任を押し付けて自分を守る。
- だが今は、誰かを責める気にもなれなかった。それだけの気力さえもうないのか何なのか、自分で考えることすら億劫だ。
- 誰かを責める。そんな思考が湧いたことで、数時間ぶりにフィオリエナ以外の他人の存在を思い出して、
- 「……みんなは、これからどうするんだろう」
- そう口にしてから、しまったと心の内で思う。
- フィオリエナだけでなく、それ以外の仲間たちの事を考えることも、今は辛かった。
- アニトラ
- 「何も変わっていなかった。何も意味がなかった。トゥエルヴの言う通り、わたしは、――」 数度小さな咳込み。言いかけたタイミングで、その言葉を聞いて口を閉じた。
- 「……知っているだけなら……」
- 淡々と、言葉を連ね始める。
- 「イーサンさんは、まだスタニスラスさんに聞きたいことがあると、言っていました」
- 「レイラさんは、このままでは納得が出来ないと、言っていました」
- ソフィア
- 「……そう」 彼は、そうするだろう。フィオリエナは彼をかばう形で犠牲になった。誰が責めずとも、彼は自分自身を赦すまい。だからトゥエルヴにあんなことを言ったのだ。
- アニトラ
- 「レイヴェンさんは……恐らく続行すると思います。救護の合間に、何か用意する様子がありました」
- ソフィア
- 「……納得ができない……続行するって、何を? ……フィオリがいないのに、まだネクサスのことを手伝うの……?」
- アニトラ
- 「トゥエルヴさん、も……きっと。激情の真っ只中ですが……必ず追いかけて殺すと、言っていましたから」
- 「レイラさんも、彼女なりに思うところがあり、協力を惜しまないと。そういうことだと思います」
- ソフィア
- 「……殺して、どうなるの? ……それでフィオリは帰ってくるの?」
- アニトラ
- 「続行する、というのは。このまま依頼を終わりで済まさないで、事態の究明と、行方不明者の探索をする、ということになります」
- 「何をしたら、帰ってくるかは、未だ何も。……刻を操る魔剣が、それ以外の効果を持つとは考えられない。そういう話は聞きました」
- ソフィア
- 「…………そう」
- アニトラ
- 「いずれも、結果的に、この先の依頼も続行するでしょう」
- ソフィア
- 「…………」 皆は皆なりに、無理にでも此処ではない何処かへ進もうとしている。それ以上聞くのが居た堪れなくなり、意識を別のことに逸らそうとしたが、
- 「……アニトラさんは?」 そう口にしてしまった。
- アニトラ
- 気道が狭くなり、か細く息を飲む気配。
- ソフィアが居ない場で、一度は依頼続行の意思を見せた。しかし先程、トゥエルヴにわずかな自信を砕かれて、はっきりとその言葉を口に出来なくなっていた。
- ソフィア
- 「……ごめん。……言わなくても、いいよ」
- 聞いてもきっと自分の意思は変わらない。誰が何をしようと、何を言おうと、自分のやるべきことはもうなくなってしまった。
- それなら、相手に辛い思いをさせてまで言葉を引き出すことに何の意味もない。
- アニトラ
- 「……ソフィアさんは、……どうするんです。フィオリさんの近くに居た、あなたは」
- ソフィア
- 「私は…………」
- アニトラ
- 「確かな位置に、収まっていたあなたは……」
- 「……探さないのですか」
- ソフィア
- 「…………もう、いい。……私にとっては、フィオリがすべてだったの。……フィオリがいないなら、世界に意味なんてない」
- アニトラ
- 「……死亡とは、断じられていませんが」
- ソフィア
- 「……じゃあ、聞くけど」
- 「……死ぬより、酷い状態だったら? ……私たちじゃ、絶対に救えない状況だったら?」
- 「……わざわざ辛い思いをして、そうだったら、どうするの?」
- アニトラ
- 「今の……わたしが、言うのも……烏滸がましいとは思いますが」
- 胸元を抑えながら、訥々と 「絶対救えない、という可能性があるから……助けることを、諦めるんですか。」
- 「直視したくない未来に、怯えて……」
- 「隣に居た、あなたが……」
- 「手を、伸ばさないんですか」
- 「あなたに手を、差し出してくれたように」
- ソフィア
- 膝を抱えた腕に力が込められる。鋭い爪が肌に食い込み、赤い痕が浮かぶ。
- 助けることを考えなかったはずがない。仲間の誰にも負けないくらい、彼女のことを強く想っていた自負はある。
- それでも、 「……その隣に居た私が、助けなきゃいけない私が……助けられなかった」
- 思えば思うほど、その事実が重く伸し掛かって来る。
- アニトラ
- 「……あの場に……居た、誰もが……きっと……」
- 「……そう、後悔してます」
- ソフィア
- 「……私が居たって、何も変わらないよ。私は……結局、フィオリに助けられる前と何も変わってなかった」
- アニトラ
- 先程吐いた言葉が返ってくるようだった。
- 自分ですら無力さに打ちひしがれているのに、余程近くに居た者がそう思わないわけがない。浅慮だった。
- ソフィア
- 「……次、また同じことが起きたら、辛いだけだよ」
- アニトラ
- 「……そうですね。とても、……辛いです」
- ソフィア
- 「全員揃っていたのに、あの事態を防げなかった。……次は大丈夫な保証が、どこにあるの?」
- 言葉を口にする度に、胸がずきずきと痛む。
- アニトラ
- 起きてしまった二度目の喪失を意識して胸が痛む。息が浅くなる。
- ソフィア
- 逃げ出したい。居た堪れない。こんな辛い思いを抱えていたくない。幸せな空想の中に閉じこもっていたい。
- どれだけそう願っても、此処にはもうその歪な願いを叶えてくれるものはない。
- アニトラ
- 引っ張るような精神状態にないので、このまま解決せずに出ていいよね!?!?!?
- ソフィア
- 「…………」 こんなところで何をしているのだろう。どうしてこんなところにいるのだろう。熱のない毛布に蹲りながらもう何十回も繰り返した疑問と思考。
- ソフィア
- よいよ!!
- アニトラ
- おけ!!!!!!
- アニトラ
- 「…………」 保証なんて出来ようもない。無責任に大丈夫だなんて言えやしない。何せ自分は役立たずの烙印を押されたばかり。自分でも今そう思っている。再び失意に沈んで、ゆっくりと背中を見せる。
- ソフィア
- その背中に掛ける言葉は見つからない。彼女を追い詰めたのは自分だ。
- アニトラ
- ただ…… 「……それでも、わたしより……探す意思はあると、思っていました。フィオリさんが全てだったなら……」 取り戻そうと、もっと必死に、なると思っていた。
- ソフィア
- 「…………」 ずきりとまた胸が痛む。
- アニトラ
- 「……余計な会話を、してしまいました。ごめんなさい、もう……邪魔はしませんから」
- なんとか、そう言い切る。
- ソフィア
- ぎし、とベッドが微かに軋む音。
- いつも以上に小さく見えるその背中に手を伸ばそうとして、逡巡の後、それを引っ込めた。
- アニトラ
- そのまま扉の外へ向かおうと踏み出して、痛みが走ったかのように、一度身を屈ませるようにした。
- ソフィア
- アニトラさん――と呼びかけた声が詰まる。彼女を追い詰めて追い出そうとした自分にそんな資格があるというのか。
- アニトラ
- 気を取り直すように小さく首を横に振ってから、再び外へと歩んでいって、扉を後ろ手に閉めた。
- ソフィア
- 「――…………」 結局、声も掛けられず、手も伸ばせないまま、部屋の中はまた暗闇と静寂に支配された。
- アニトラ
- 610号室は、再びソフィアが独りになった。
- ソフィア
- そう――自分には何をする資格もない。この部屋にいることさえ、認められるものではないだろう。
- アニトラが出ていった後も数十分、その場に蹲り続けていたが、
- やがてふらふらと立ち上がると、逃げるようにフィオリエナの部屋を後にする。
- ソフィア
- ちょっとこのまま
- ひとりで
- 復活の兆しまで
- アニトラ
- お!
- ソフィア
- やる!!
- アニトラ
- OK! 退室したほうがいいかな!?
- ソフィア
- どっちでもいいよ!1
- アニトラ
- おけ!!!!!!
- じゃあながさずにしっとりと…
- ソフィア
- 廊下に出て、自分が借りていた部屋の前に辿り着く。ここで休んで、次の朝が来たら何処かへいこう。イルスファールにはもう帰りたくない。あてもなくふらふらと歩いて、そのまま何処かに消えるのが似合いだろう。
- そう考えながら、ドアノブに手を掛けたところで、そこに置かれていた小袋に気がついた。
- 「……?」
- こんな状況で、誰が何を置いていったのか。置いていく場所を間違えたのなら、せめて間違えたよと分かるようにしておいてやろう。
- 袋の中に入っていたいくつかある小さな包みをひとつ取り出し、開いてみる。
- 中に入っていたのは、ひとつぶの飴玉。見るからに甘そうなそれを見て、長時間食事を取っていなかったことを身体が思いだす。
- 取り出してしまったものを捨ててしまうのも憚られて、仕方なくその飴玉を口に放り込めば、じわりと口の中に甘さが広がった。
- こんな状況でも、味覚は働いているらしい。
- 自分の身体の正直さに苛立ちを覚えると共に、ふと本で読んだことを思い出す。食べたものを美味しいと感じるのは、身体が必要としているからだ、と。
- 今の自分が、その甘さをどう必要としているのか。分からないままドアを開き、物の少ない整然とした自室へと逃げ込む。
- ベッドの端に座ると、両手で頭を抱えてまた塞ぎ込む。出来るのはそれだけ。ただひたすら押し寄せる後悔の念に押し潰され、自らの無力を悔いる。幾度となく味わってきたそうして過ごす夜は長く、苦しい。
- そんな思考を遮り続ける口の中の甘さに、ふと隣に置いた小袋を見た。
- ……きっとこれは、間違えて置かれたものじゃない。そのくらいは今の自分にも分かった。
- じゃあ、誰が? こういうことをするのは、アニトラか、レイヴェンか、イーサンのいずれかだろう。
- 何のために?
- そう疑問を抱いた時、矢継ぎ早に別の疑問が湧いて来た。
- さっき、アニトラは、何のために来た?
- 部屋に入って、フィオリがいなければ、その場を去ることだって出来たのに。
- この袋を置いた主は、何のためにこれを自分に渡そうとしたのか。
- ただ失意に陥って人の事も顧みずに逃げた私なんて、放っておけばいいのに。
- あの時レイヴェンは、何のために私を抱きしめた?
- 神官である彼には、他に助けを必要とする人たちもいたのに。
- フィオリが消えた後、トゥエルヴは何のためにこちらに声を掛けた?
- それぞれ細かな答えは違うだろう。けれど、そのすべてに共通するものがあった。
- 彼らは――
- 「私を……」
- 心配してくれていたんだ。
- 内気で卑屈で、魔法も使えなくて、何の取り柄もなかったはずの自分を、仲間や友人として認めてくれていた。
- 言葉には出さずとも、いや、出さないからこそ、そんな自然な形で気を遣ってくれた。
- 「………………」 それに対して、自分はどうだと、開いた両掌に視線を落とす。
- 折角切欠を貰ったのに、外の世界に連れ出してもらったのに、自分以外を見ずに、また殻に閉じこもろうとしている。
- 脳裏に、自分を連れ出してくれた人々の――その中でも、特別に大切な1人の――姿が浮かぶ。
- 辛い境遇にありながらも必死で孤高を演じて過ごし、周りにどう思われようとも、頑張って来た1人の女の子。
- でも本当はとても可愛らしくて、ちょっと抜けているところがあって、友達が少なくて、勇気を出して自分に友達になろうと言ってくれた人。
- 私の世界を変えてくれた人に対して、私はまだ何も恩を返せてはいない。
- 彼女みたいになりたいと思って、冒険者になって頑張って来た。
- 少しは近づけたと思っていたのに、何も分かっていなかった。大切なものを失った悲しみから、逃げようとしているだけで、何一つ昔と変わっていない。
- 湧いてくるネガティブな思考に歯を噛みながら、胸元で拳を握る。
- あの時とは違うことはある。
- それは、外の世界を知ったこと。
- 彼らならどうする。彼らはどうしている。――フィオリなら、こういう時にどうする。
- 私が目の前から消えたら、彼女はどうするだろう。
- 「――ああ……」
- 答えは、こんなところにあった。
- 私が消えたら、彼女もきっと嘆き、悲しみ、自分の無力さを悔いることだろう。
- それでもきっと、彼女は最後には立ち上がり、手を伸ばす。
- 結果がどうなるか分からなくとも、そこに可能性があるのなら。可能性がなくとも、自分がそうしたいと思うのなら。
- そうして、見ず知らずの私を助けてくれたんだ。
- だったら、今度は――自分の番だ。
- そこに可能性がなくても、隣にフィオリがいないことを認めたくない。これからもずっと一緒に居たい。彼女の恋路を友だちとして見守っていきたい。
- 私が彼女から貰ったのは、そのために立ち上がる勇気だ。
- 握った拳を解き、開いたそれを胸に触れさせる。ずっと続いていたずきずきとした胸の痛みの理由が、よく分かった。
- 彼女が認めてくれた自分を、他でもない自分が認めていなかったことが、自分を認めてくれた人たちを蔑ろにしていたことが辛かったのだ。
- アニトラは酷く落ち込んでいた。彼女の話によれば、他の仲間たちもとても平気ではいられない様子だ。
- そんな彼らに追い打ちを掛けていたことが恥ずかしい。フィオリを大事に思うのなら、こういう時こそしっかりしなければいけない。
- それが、彼女に報いるために今の私が出来る唯一の事。
- 「――…………」 膝に手を起き、まだ重い体に鞭を打って立ち上がる。
- ずっと伸ばしてきたままの長い髪は重く、文字通り後ろ髪を引かれるようだった。
- 少女は乱雑に放られていた荷物を漁り、ナイフを取り出す。
- 首の後ろ辺りで髪をひとつにまとめると、その少し上にナイフの刃をあてがう。
- そのまま一息に、恥ずべき自分を葬り去るように――勢いよく、髪が断ち切られた。
-
-
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- ソフィアが退室しました
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- アニトラが退室しました