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幕間

20230417_0

!SYSTEM
が入室しました




 
――ラグノ砦南東に“流れ”ついた砦の調査が冒険者の手によって行われ、暫くして。
その内部で確保された男性――ガイドルクの聴取が行われ、その砦がかつてどこにあったものなのか 
また、その砦において、何が起きていたのか。それらについて語られたとされ、
ガルバへの報告時点で関与していると考えられていた少女、ルカティシアは
ガイドルクへの聴取を行っている軍令部によって呼び出され この日、その施設へとやってきていた。
 
案内を受け、ルカティシアはガイドルクが待つ一室へとやってくる。
この日の彼女の様子は、彼女を知らない者から見ても解り易く緊張していて、
また、仲間達から聞いた現場の状況からしても、ガイドルクが一体何をしたのかはその想像がつく事から、瞳に、拳には怒りが灯っていた。
 
ルカティシアが扉を開けば、そこには軍部の人間が数名と、机を挟んだ先にガイドルクが椅子に腰かけていた。
白い肌に肥えた腹、金髪に茶の瞳、そして醜悪な人相。……いずれも、ルカティシアの知っているそれだ。紹介などされずとも知っている。
幾つかの説明を受けた後、ルカティシアはガイドルクの正面の席に着く。彼の視線は、こんな時ですら普段と変わる事はなかった。
 
ルカティシアが部屋へとやってくれば、ガイドルクはその視線を彼女へと向けた。
その表情に、視線に浮かんだ色が彼女を不快にさせている事は、以前からこの男は知っている。
しかし彼がここまで……否、ルカティシアが流れて来る以前まで問題にならなかったのは、
舐められている、侮辱されている事を止めさせる為に家を頼る事をルカティシアがしなかったからだ。
これが他の――共に剣を、武を学んできた相手なのであれば、それは打ち負かしてしまえばよかったし、そうしてきた。
が、ガイドルク相手にはそれはできない。彼は戦士ではなく、領内にて政に関与している者だった。
そんな彼に対し、改めさせるだけの個の力を得るには、まだルカティシアは至らなかった。
その過程で、このケルディオンに流れてしまっていたからだ。
 
軍の人間から互いについての面識の確認がなされ、ルカティシア、ガイドルクの両名が相手が既知である事に頷いた。
いくつか、顔を合わせた状態でも説明を受けた後、ガイドルクが口を開いた。
御無沙汰しております。――そんなガイドルクの言葉を、ルカティシアは一蹴する。
それに対してガイドルクの表情はより一層醜く歪んだものの、しかしルカティシアが状況証拠から判断し、怒っている事を見れば、
それを取り繕って、淡々と語り出す。
 
――このガイドルクという男は、決して全くの無能である訳ではない。
そうであれば領内で仕事を与えられてもいなければ、確保された時の様に上品な格好をしている事もなかったろう。
砦ごと流れて来る数日前も、与えられた仕事を求められた以上の成果を出す為に働いており、
領内を周っていた結果――潜んで接近していた蛮族達が、砦を襲う際に運悪く居合わせてしまったのだ、という。
 
ルカティシアとガイドルクが流れて来た、《帰剣領》ミラリアベルは
ケルディオン大陸の外、テラスティア大陸の最南部に存在するフェイダン地方、
その地方東部に広い領土を誇る《年輪国家アイヤール帝国》の最東部に位置する領のひとつだ。
帝国最東端に存在する《血風領》シュナイダーの南に位置し、アルザ河が領内に流れている。

フェイダン地方は安定した人族領域であるとされており、
《年輪国家アイヤール帝国》の他、《集いの国リオス》、《石塔の学び舎カイン・ガラ》、《女神の涙ルーフェリア》などが存在している。
それぞれの領域で、安定した生活を営んでいるのだが――《年輪国家アイヤール帝国》は、一部と異なり隣接する地域に明確な脅威が存在している。
https://fujimi-trpg-online.jp/archives/001/201806/7858e366b3ae242d5fffe86750aa3a58.jpg
これは自分用メモ。
フェイダン地方の東に存在する蛮族領《紫闇の国ディルフラム》は巨大な蛮族勢力であり、
隣接している《年輪国家アイヤール帝国》、その中でも東端に位置する《血風領》や《帰剣領》などは、
蛮族勢力に対抗するべく、その戦力を東へと向かわせている。
 
蛮族領とその脅威が近くに存在している為、《帰剣領》へとそれが伸びる事もあるが、
アイヤールが年輪国家と呼ばれる所以として、皇族が住まう《皇城領》フェーゴ同心円状に少しずつ壁を築いて領土を確保している事もあり、
壁や領を護る騎士達の尽力によって、その脅威が領内へと届く事は多くない。
 
にも関わらず、ガイドルクが訪れていた砦が蛮族に制圧され、その塒にすらされていた事
ガイドルクのみが無事であった事、また救援に来たと見て間違いのない冒険者らに対しての対応が隠れ、逃げ出そうとするものであった事
それらについて、ルカティシアが理性を持って可能な限り落ち着き、問い質せば――
 
ガイドルク
ガイドルクは語ったのは、こんな内容だった。
《帰剣領》から外部、アルザ河沿いに存在する件の砦に対し、彼は現地の兵士やそこに詰める者達への激励の為に向かったのだ、と。
ルカティシア
――馬鹿な事を。そんな前線にまで、貴方が向かう必要がないではないですか」
それを受けたルカティシアは、酷く怪訝そうに――決して仲間には聞かせた事のないトーンで――ガイドルクへと言葉を返した。
「貴方がミラリアベルの内部でよく働いていてくれた事は存じています。しかし、それも都周辺での事の筈」
ガイドルク
それを受けても、ガイドルクの様子は全く変わらない。――彼女を見た時、向けた視線が普段のものであったように。
ガイドルクは、ルカティシアがまだ領主として立ち得ない事を知っていたし、その認識はてんで変わらなかった。
彼女に剣の才はあるだろう。自分にはないものだ。彼女の生まれは優れたものだろう。自分にはないものだ。
だがしかし、――彼女にはなく、自分にはあるものはあるのだ。
ルカティシア様が行方不明になられた後、ミラリアベルでは様々な問題が起きたのですよ。
 
ガイドルクは語る。――ルカティシアには確認のしようもない事を、語り続ける。
領内にいた筈のルカティシアが忽然と姿を消した際、領内は大きく混乱したという。
決して武力を持っていない訳でもない彼女が、何の痕跡も残さずに消えた。
彼女が選んで姿を消す事は難しい。誰の目にも触れず、痕跡も残さずに外へと出て行ける様なものでもない。
口止めをした可能性は残るが、それであってもその尻尾すら掴む事が出来ない。
であれば、何者かによって連れ去られたか。
……そちらにしても、全くの武力を持たない訳でもないルカティシアを、痕跡を残さず、目にも付かずに連れ出す事は現実的ではない。
全てが不明のまま、領主の一族が姿を消した。――それは混乱を招くには十分なものだった。
 
現領主であるイスラティエル・ミラリアベルはルカティシアの兄に当たり、父ヴァルティエルから継いで領主となったばかりの青年である。
温厚な性格を持ち、幼い時分から父の後を継ぐべく努力を詰み重ねてきた結果、戦士としても次期領主としても大きく成長していた。
それは正式に継いだ後も変わらず、領民からの支持も厚いものであったが、
ルカティシアの失踪から発生した、領内の治安に関する不安を完全に留めるには至らなかった。
誘拐とするのなら、前述の通り内通者が存在して口裏を合わせていたとしても現実的ではないものではあるが、
しかし当人が何も告げずに姿を消す方が、彼女の為人を知る者にとっては有り得ないものだった。
 
《帰剣領》は可能な限り騒動を収拾すべく働きかけ、ルカティシア失踪から暫くが経った今、
続いた被害が出なかった事もあり、漸くその不安も薄れてはいる。
しかし、人当たりの良い明るい性質に加え、《帰剣領》に居た際には方々に足を延ばして領民達と交流し、
幼い頃から通っていた学び舎で剣を共に学ぶ者達に対しても生まれに因らず明るく接する事から、
領民からの人気も厚かった彼女の身柄が見つけられなかった事は、《帰剣領》の領民達に大きな落胆を与えた。
 
ガイドルク
――そうして、そんな中でした。砦に向けて、バジリスクが率いる軍勢が攻め入ってきたのです」
「どこからか忍び込んだのか、それは定かではないのですが。撤退する間もなく砦は制圧され、」
「私はあの様に押し込められていたのです」 ガイドルクが長く語り、それが終われば
ルカティシア
「…………」 ルカティシアは自身が“流れ”た後、《帰剣領》で起きていた事のあらましを聴き、ぐっと拳を握っていた。
「では、何故冒険者達に救助された際にあの様な対応を?」
「事情の説明を行うでもなく、逃れようとしていた理由が解りません」
ガイドルク
「情けない事に、気が動転していた、としか……」 
ルカティシア
――嘘だと、仲間達から聞いている様子とは異なると指摘するのは、普段ならばガイドルクが言い切るよりも早く行えていた事だろう。
しかし、この時のルカティシアは普段とは異なっていた。
流れた後の事は確かに案じてはいたものの、あまりにもそれに対する思慮が浅かったと、
領内が混乱する中、自分はこちらでの暮らしに充実感を覚えていた事に負い目を感じてしまう程に、動転していたのだ。
流れてからこれまでの自分に出来る事は正にその、“こちらでの暮らしを充実させる事”程度でしかなく、
何をどうする事も出来ないにも関わらず、そしてそれを理解しているにも関わらずに負い目を感じてしまう程、
ルカティシアは《帰剣領》とそこに住まう者を愛していた。
ガイドルク
その動揺を、ガイドルクは見逃さない。真実を秘したまま、二枚舌を転がしていく。
話術に長けたガイドルクの言葉の殆どは、ルカティシアの耳に滑り込み。彼女の動揺に付け込み、浸食していった。
「砦を襲ったバジリスク共は、私を守ろうと尽くしてくれた騎士達を排除し、身分を問い質しました。それに応えた後は他の者とは異なってあの部屋へと……」 恐怖のあまり屈してしまったと。口惜しそうに語っていく。
ルカティシア
「……事情は、分かりました。戦場に慣れていない貴方が、その時々で正常な判断が出来なかったであろう事も」
「貴方の知る限り、《帰剣領》は――ミラリアベルは、無事であったのですよね」
ガイドルク
「ええ、私が見た限りでは……ですが、」
「領から最も近い砦が、ああも簡単に制圧されてしまったとすれば」
「転移してきた以外の手勢が待機していたのなら、恐らくは領内にも多くの――
ガイドルクは口にしながら、動揺を表現しめして、ぞっと顔を青ざめさせる。
ルカティシア
――、……。……、いえ、もう結構です、ガイドルク」
「確かめようがありません。憶測だけで、これ以上考える事は避けておきましょう」
ガイドルク
ルカティシアの返答に、ガイドルクは震えながら首肯を返す。
――それは彼女の眼には本心の様に映り、周囲の軍人にも違和を抱かせない程巧妙なものだった。
「しかし、ルカティシア様がこちらに――“混沌の坩堝”とやらに覆われ、他の大陸への出入りが出来ない大陸に居られるのであれば」
「ミラリアベルの血が絶える事は――
ルカティシア
「いえ。……結構です、ガイドルク」
「この地では、貴方に協力を求める事はしません。……結果的に民を犠牲にして生き延びた事も、何を言うつもりもありません」
「当面の生活の援助は、私からします。長く、ミラリアベルに仕えて頂いたのですから」
「……ですが、この大陸に居る内はヴァルティエル・ミラリアベルの娘としてではなく、」
「ただのルカティシアとして生きるつもりですので。……帰還する方法を探り、見つかる事があれば」
「その時は、ルカティシア・ミラリアベルとして迎えに行きます。その時までは、貴方の力をお借りする事はありません」
ガイドルク
「……」 ルカティシアの言葉を聞いて、しばしの沈黙。
ガイドルクはここに来てはじめて、演技でなく困惑しかけたが――ともあれ。
この大陸で生きるにあたって、何の援助もなく過ごす事は現実的ではなかった。彼女がそうするというのなら、有難く遣わせて貰おう。
その言を聴けば、これ以上食い下がる事もない。
――突然転移してしまった結果、件のバジリスク共が自分への価値を見限る前に救助に来たこの連中に処理されたのは不幸中の幸いだったが。
本来の報酬を受け取る事が出来なかった事は、やはり口惜しくある。この場よりも、長く居たフェイダンに残る方が格段に良いからだ。
血が絶える事もないと口にはしたが、この女の血の価値など、この大陸においては何の価値もない。
使い走りにするつもりだったあの男も、せめて共に流れてくれば手駒の一つとなったのだが。
この女はそうもならず、あの男は流れても来ない。
であれば、一先ずはこの国での生活を安定させるに限る。ガイドルクは、ルカティシアに首肯を返した。
彼女にも、軍人たちにも悟られなかったのは、この男の年季によるものが大きい。
人を信じさせ、欺く術をこの男はよくよく知り、身に付けていた。――嘘でなく動転していた先日は、無様を晒してしまったが。
 
――この後、ガイドルクは長い時間をかけた調査の後、身柄を開放される。
彼は王都へと移送され、生活費はルカティシアが負担する運びとなっていった。
ルカティシアの動揺は色濃かったが、依頼に出る頃にはそれを何とか抑え込む事に成功しており
遠い故郷を想いながら、冒険者ルカティシアはケルディオンの地で今後も日々を過ごす事となる。
領主らにも、ルカティシアにもその内面を知られる事なく謀を起こしていたガイドルクもまた、
暫くはただの個人としてこの地で生きていく事となる。
背景
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