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幕間:過去との対峙(序)

20211207_0

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ダインが入室しました
 
 
王都イルスファール南街区
運河の東側が歓楽街、花街として知られる一帯を為している一方で、西側はといえば、イルスファール王国が誇る鉄道の拠点、王国鉄道公社とライフォス神殿を有する王都の顔とも言える場所だ。
そのライフォス神殿の南、居住区の最中にあるのが、男子禁制として知られるミリッツァ神殿だ。
ただ、これは女神ミリッツァの声を聞き、奇蹟を授かれるのが女性のみであることに起因しており、必ずしも男性が立ち入れないというわけではない。
行き場を失くした女性、身寄りのない子供たちの庇護を行うことに積極的なミリッツァ神殿に対する寄付の為に訪れる者や、かつてその庇護下にあった者などがそうだ。
その日もは神殿に訪れると、日雇いの仕事で得た金のほとんどを寄付すると足早に立ち去っていった。
その風貌はお世辞にも見目好いとは言えないものだ。見上げるような巨体、彫りの深い厳めしい顔付き。それを兇相へと彩る傷跡の数々。
ミリッツァ神殿ならずとも、そこに留まるだけで衛視を呼ばれかねない風体だ。
最初にミリッツァ神殿を訪れた時も、彼は今以上に傷だらけだった。
そして、彼と同様に心身ともに傷ついた子供たちを伴っていた。
彼は子供たちをミリッツァ神殿へと預け、その生活の支えとして欲しいと神殿への寄付を行うようになった。
彼はかつて王国軍に所属していた。無足の荒野で蛮族の虜囚となり、子供たちを連れて脱走してきた帰還兵であった。
脱走の過程で、彼を除く大人――子供たちの肉親も含まれる――は犠牲になっており、幾人かからは仇と恨まれてさえいる。
その為、様子を見に行くことも出来ず、ただ金だけを置いていくしかないのだ。
 
ダイン
「……」 そそくさと神殿から立ち去った後、東西をまっすぐ走る路地へ出て、男はようやく大きく息を吐いた。
安堵、とは違う。どちらかと言えばよりネガティブなもの。後悔、に近い。
子供たちの無事を託されたというのに、こうして金だけ置いて後は知らないとばかりに背を向ける事の何たる無責任か。
けれど、自分の存在は彼らにとって、過去と喪失の象徴だ。
近付けば傷つけてしまう、憎ませてしまう。だからこれで良いんだ、と自分を騙すしかない。
「……よし」 気落ちしている暇があれば、もっと稼がねばならない。冒険者の仕事は稼ぎが良いが、お世辞にも安定しているとは言えない。
それに、先日の依頼では随分と醜態を晒してしまった。
ライダーギルドにでも訪れて日雇いの荷下ろしの仕事でも探そう、と通りを東へ歩き出した。
少女
すると、通りの向こうから此方へと歩いてくる小さな人影がひとつ。
白木の杖をついておぼつかない足取りで歩く、まだ幼さの残る少女だ。
ダイン
「!」その少女を見て、男は足を止め、息を呑んだ。
少女は彼が連れ帰った子供たちの一人だった。
今は、ミリッツァ神殿の間近にある寄宿舎で暮らしている。

彼女がこちらを見ることは、無い。その機能は失われているから。
少女
「♪」蛇に睨まれた蛙のように立ち尽くす男とは対処的に、少女は頼りない足取りではあるが、鼻歌混じりに石畳を杖で叩きながら一歩ずつ前へと進む。
鼻歌が佳境に入ると杖でリズムを刻み始め、結果――
「あ」
石畳の境目に杖を引っかけて取り落としてしまった。
ダイン
「!」 カララン、という軽い音に我に返って、杖を拾ってやるべく近付いていく
「……」しかし、後数歩というところで足が止まる。声をかければ自分と分かってしまうかもしれない。そうしたら、彼女がせっかく取り戻した平和な日常を壊してしまう。
少女
そんな男の葛藤など知らず、盲目の少女はしゃがみ込んであちこちに手を伸ばし、杖を探す。闇雲に手を振り回すものだから、せっかく届く位置にあった杖を更に転がしまい、
「あー」と残念そうな声をあげ、まるで見えているかのように男の居る方へと顔を向けた。
愛くるしい顔立ちだが、目の周辺には痛々しい火傷の跡が残っている。
蛮族領に居た頃、面白半分に顔を焼かれた痕だ。その時彼女は光を失った。
だが、少女は足音でそこに誰かがいる事を察知していた。
「あのー!そのつえ、ひろってもらえますか!」
ダイン
「……」 良かった、元気そうだ。と思う一方で、なんて間が悪いんだと自分を呪いつつ、石畳に転がる杖を拾い上げる。声をかけなければ大丈夫、きっと
しかし、無言で杖を差し出しても彼女には見えないし、下手をすると小突いてしまいかねない。
近付いて手を取って渡すしかない。
思わず周りの目を気にしながら杖を手に、ゆっくりと少女に近付いていく。
ダイン
邪魔は
【✔:入らない】 [×:入る]
ダイン
彼の大きく分厚い手と比べて、小さなその手を取る。子供特有の体温と柔らかさ。あの時よりも大きくなっただろうか。ちゃんと食べさせて貰っているからか、手足も顔もふっくらとしてきている気がする。
まじまじと見つめてしまっていた事に気が付いて、内心慌てながらその手に杖を握らせてやる。
少女
「……?」 少女は、と言えば手を取られて杖を握らされるまでのに小首を傾げていたものの、小鼻をひくひくとさせた。
乾いた土、何かの薬草、鉄、そして血の臭い――
「あー! フロド、フロドでしょ! うわー!」
少女は歓声をあげて杖を放り出すと、男の大きな手を取って感触を確かめ、うんうんと頷く。
「やっぱり、フロドだ!いままで、どこいってたのー!まいご?」
男が懸念していたような心痛など感じさせない屈託のなさで盲目の少女はぺたぺたと太い腕を触り、確かめ、また匂いを嗅ぐ。
ダイン
「……」 まとわりつく少女を振り払うことなど勿論できず、もはや観念したとばかりに溜息を吐き、
「……迷子じゃないよ。仕事に行っていたんだ、マーニ」 少女の名を呼んだ。
マーニ、盲目の少女は蛮族領からの逃避行の際、一番の重荷になるであろうことは、作戦の決行前から分っていた。
だが、誰も彼女を置いていく事を良しとしなかった。
それは哀れな少女への同情もあったが、人間、人族としての矜持がそうさせたのかもしれない。
まともに走る事も出来ない彼女を連れて、行軍を遅らせないためには背負うしかなかった。
結果的に、道中最も近くに居続けたといえる。足音やにおいで気付かれるとは思っていなかったが。
少女
「しごと……あ、おかねっていうのもらえるやつ? フロドはなにしてるの? パンつくれる?」
ダイン
「ぱ、パン……?」 突拍子もない話題の転換についていけない
マーニ
「そう!パン!すっごいおいしいの、ふわっふわで、じゃりじゃりもぶちぶちもしてないの!すっごい!!」 手を振り回して感動を露わにする
「ハティねぇもおいしいねーって! だから、フロドがつくったんじゃないの?」
ダイン
「えぇ……、あ、いや……パンは、作ってはいない、かな……」
マーニ
「しょうがないね」 歯切れの悪い物言いがおかしいのか、クスクスと笑い、男の腕をぺしぺしと叩く
ダイン
「……」 彼女は確かに重荷だった。
けれど、この屈託の無さ、明るさは自分にとっても皆にとっても救いだったのではないか。
マーニ
「そうそう、おしごとっていったらね、ノウェにぃもやってるみたい」
「そしたらハティねぇもやるって。しょうがないねぇ」
ダイン
「……なん、だって?」 年長の二人の名前を楽しそうに口にする少女。しかし、仕事とは? 彼らが当面暮らしていく分は自分が負担していくつもりだった。
「……マーニ、仕事って? 二人は何をしているんだい?」
マーニ
「え? うーん、と、なんだっけ、ぼ、ぼ……ボウケンシャー!」
ダイン
「ぼ、冒険者だって……!?」
「だ、誰かに、神殿の人にそ、相談は……?」
マーニ
「んー? よくわかんないけど、おとなにないしょだよって あ」
「フロド、ないしょにしてくれる?」
ダイン
「あ、あ、あぁ……」思わず頷いてしまったものの、頭の中は真っ白だ。
身寄りがないとはいえ、当面の生活に困る事は無い筈。よりにもよって命の危険のある冒険者になんてなる理由がない、筈だ。
それとも、これは金だけを送り続ける自分への拒絶なのだろうか。
"親の仇"である自分の助けなんて受けたくもないという意思表示なのか。
「それで、二人は? まだ、居るなら止めないと……」
マーニ
「それはねー」
ダイン
今日は此処で中断なの
おやすみなの
事犯は発生するのか
【✔:しない】 [×:している,する]
事犯? 事案だ
ダイン
「そ、それは……?」 聞き漏らせぬように片膝をつき、固唾をのみ込みながら問いかける。
マーニ
「ふたりともいるよ!」
ダイン
「!? そ、そうか……そうか、良かった、まだ仕事には」
マーニ
「こないだふたりででかけてね、かえってきたの!おいしいものたくさんもって!けーき!けーきー!おいしかったなぁ フロドはしってる?けーきって、あまいんだよ、やらかくて、すっごいあまいの!」 少女は興奮したように早口で捲し立てる。
ダイン
「え…? ちょ、ま、待ってくれないか……え? 仕事に……?」 安心しかけたところに、少女の聞き捨てならない言葉が刺さって慌てて
「ど、どうすれば……店主に、いや、神殿に……? 直接2人に……」
マーニ
――……ねー、フロド~、フーロードー!」 手さぐりで物思いに耽る男の顔を探し当てると、掌でぺちぺち
ダイン
「うわ」 物理的に我に返らされ、驚き、慄いた
マーニ
「わ、だって、あははは!」 表情が見えるわけでないが、彼が驚いたのを察してコロコロと笑う
ダイン
「……」 バツの悪さと気恥ずかしさを感じつつも、こんなにも明るく笑えるようになった少女(マーニ)の姿に感慨深さを覚える。
ああ、俺達の得たかったものはこれだ。これを得る為に皆が命を懸けた。
彼らが賭して、落とした命の価値が今ここにある。
「……マーニ、お願いがあるんだけれど、聞いてくれるかい…?」
マーニ
「おねがい? フロドが? わたしに?」 今度は少女が驚く番だった。目が不自由で年少ということもあって、子供たちの中では一番世話を焼かれる立場で頼み事などほとんどされた事が無かったからだ。
「うん!いいよ! なにするの? パンつくる?」
ダイン
「……パンはいつか美味しいのを見つけて持っていくよ」
マーニ
「ほんと!? やったぁ! みんなもよろこぶだろうなー! たくさんあったらフロドもまたいっしょにたべられるよね」
「フロド、ちゃんとごはんたべてる? また、ぐーぐーいってない?」
ダイン
「……」 彼らと最後に食事を共にしたのは脱出劇の時まで。
最後の方には水も食料もロクに残っておらず、自分の食料を分け与えてなお、子供たちの消耗が著しかったこと、事情を説明できる大人が自分だけだった事もあり、しばし顔を合わせる事が出来なかった。
「……うん、大丈夫、俺も毎日パンを食べてるよ」
マーニ
「おいしいよねー、パン。ずーっと、まいにちたべたいなぁ」
ダイン
「食べられるよ、これからは、ずっと」
マーニ
「えへへ……あ、フロド、おねがいってなんだっけ? いった?」
ダイン
「ああ、うん……ノウェとハティ、二人に会いたいんだ。そう、伝えてくれないかな?」
マーニ
「いっしょにかえればあえるよ?」
ダイン
「……先に二人に会っておきたいんだ。ほら、その……」自分が押しかけては駄目な理由をどう説明したものか。皆がマーニのように接してくれるわけではない事は明白だ。しかし、そうした険悪な空気を彼女に味合わせたくない
マーニ
「そのー?」 小首を傾げ
ダイン
「あ、その……そ、そう、ぱ、パンがっ」
マーニ
「パンが!?」
ダイン
「……パンが、そう、足りなくなる、から……その、俺は、いっぱい、食うから、君達より」 なんて酷い言い訳だ。言い訳にも説明にもなっていないじゃないかと自分の口下手加減を呪いたくなる。
マーニ
「それはたいへんね」
「うん、それじゃあしょうがないね」
ダイン
「そ、そう…そうなんだ」
マーニ
「じゃあ、かえったらノウェにぃとハティねぇにフロドがあいたいっていっとくね」
「フロドはたっくさんパンをもってきてね、みんなでたべられるぶん!」
「!……けーきも!!」
ダイン
「………ありがとう、マーニ、ああ、分かったよ。いつか、必ず」
 
男は盲目の少女の手を引いて、彼らの住処である寄宿舎の手前まで送り届けた。
不甲斐ない自分を慕ってくれる少女に救われる気持ちを得たものの、自分の力不足で喪失を味合わせてしまった子供たちへの罪悪感は捨てがたい。
けれど、そろそろ向き合わなければいけない頃合いだろう。
目の見えないマーニがああも前向きに生きて行こうとしているのだから、自分達も、いつかは――
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