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王都イルスファール:ハルーラ神殿付近
- 街の灯りが一つ、また一つと消えていく真夜中。
- 眠らない一画を除けば、大通りの雑踏も職人街からも鎚の音が絶え、静寂が訪ずれる頃合いだ。
- ハルーラ神殿の敷地から一人の少女が姿を現した。
- 磨き上げた真鍮に似た薄金の長い髪、薄紫の瞳に均整の取れた長身。そして、額に黄玉に似た輝く宝玉を持っている。
- アスター
- 「………」その腕に機械仕掛けの盾を抱き、じっと北の夜空を見上げている。
- 夜空を彩るのは星々のみで、そこに星神の報せとされるオーロラが現れる様子はない。
- エニア丘陵に埋もれていた臥所から帰還して以来、こうして夜中に世話になっている神殿から抜け出して夜空を眺めるのが日課のようになっていた。
- 北の空に予兆が現れる時、それは〈奈落の魔域〉の発生の証とされる。
- それが現れたならば、自分は〈盾の血盟〉の一員として立ち向かわなければならない。
- 「―――」硬く冷たい盾を抱く腕に自然と力が籠る。
- 鎖を繋ぎ、巻き戻す機構を備えたこの盾は、過去からの贈り物。
- ただ独り、未来の時代に目覚めた自分と盾の姉兄達を繋ぎ止める形あるもの。
- 「――……、」ああ、この機構のように、恐れを知らない戦士として毅然と立ち向かえれば良いのに。
- 巻き戻される鎖のように、もう一度あの現在に戻れたら良いのに。
- 『アウルム……また、とは…いつなのですか…』
- 最終作戦への参加を許されず、あの臥所で仮死につく前にも、そして、贈り物に添えられたメッセージでも、彼は『また会おう』と言っていた。
- 〈盾の血盟〉に所属するティエンス達は、互いを盾の兄弟・姉妹と呼び、深い絆で結ばれていた。
- それは、永い眠りを繰り返すことで、血縁者や友人知人と時間を共有できないティエンス同士だからこそ共有できるものがある事にも起因していた。
- その兄姉達の中でも、アウルム――"深淵の討ち手"と呼ばれた伝説的な戦士――は自分にとって特別な存在だった。
- 後世で〈大破局〉と呼ばれている災害の後の、厳しい時代に生れ、明日をも知れぬ日々を送っていたところ、救いあげてくれたのが彼だった。
- 居場所と家族を与えてくれ、生き抜くための力をくれた。
- 贈り物として武具を残していてくれたのも、もっと早くに目覚めた自分があの臥所に辿り着いた時、助けになるようにとの事だったのだと思う。
- そう、だから……
- 「……」抱いた盾と夜の冷たい空気、その両方に身震いする。
- 重たい。この盾も、あの鎖も。
- 眠りにつく前までは訓練生の身で、〈奈落の魔域〉に足を踏み入れることは許可されていなかった。時折、目覚めてきた兄姉達に稽古をつけてもらったり、守衛を相手に訓練を行ってきた。
- しかし、今の自分は見習いなのだという。武官に同行し、〈奈落の魔域〉討滅に赴く事が出来る立場だ。
- 果たして、為す事が出来るのだろうか。
- (怖い……怖いです、アウルム……私だけでは、独りでは、無理です……)
- 額の宝玉が明滅し、心の中で叫んだ意思をどこかへ繋ごうとする。
- しかし、どこにも繋がることは無く、応えが返ってくることも無い。
- 昨夜も、一昨日もそうだった。きっとm明日も、明後日もそうだろう。
- 「……、」首を振り、悲観的な考えに蓋をする。
- そう、自分は来るべき〈奈落〉との戦いを望んでいるのだから。魔域を滅ぼし、血盟の一員として恥ずかしくない戦士にならなければ。
- 自然と俯きかけていた顔を上げ、背筋を伸ばす。
- 〈奈落の魔域〉が現れるまでにすべきことは多い。未来の言葉の習得、社会の仕組みを学ぶことは、ある意味で訓練よりも急務といえる。
- 「……」それらを教えてくれている少年の事を思い起こす。
- 彼の名を継ぎ、導き手の役目を継ぎ、彼と同じ色の瞳をした、彼とは似ていない少年。
- 自分を目覚めさせ、忘れられていたであろう盟約を果たしてくれようとしている少年。
- 彼の目に自分はどう映っているだろうか。
〈盾の血盟〉の一員として相応しい姿とは……恐らく、思われてはいないだろう。
- 彼が受け継いだものが無力で無為な自分であってはいけない。
- 踵を返し、仮住まいの神殿の寝所へと戻る事にする。
- 「……」 一度だけ、北の夜空を振り返った。一際強く輝くのは導きの星。オーロラの姿はない。安堵の息を吐き、帰路についた。
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- アスター
- ひとまず今日はここまで