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- 銀猫が入室しました
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- ――ぼんやりとした意識の中で、木洩れ日と、懐かしい掌が身体を撫でる感覚を覚えて瞳を開く。
- 暖かな陽射し、柔らかな掌。大好きな匂い――そこまで感じ取って、
- これは夢だ、と気づいた。私が銀猫になる前の夢。
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- 青い空の下、塗潰された様に黒く塗られた飼い主の顔を見て、
- 夢だと解っていても、伝えたい事があったものだから。
- 「 」と、声を掛けたかったのに。
- 喉から出てきた言葉は、飼い主の言葉ではなくて。
- ただの鳴き声は、撫でる手が優しくなるだけで 私の気持ちは、飼い主には届かなかった。
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- 王都イルスファール、某所にて。
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- 銀猫
- 「――、ぅあ」 拒むような声を漏らしながら、寝台の上で一匹の猫――ただの猫は人語を介さないが――が跳ね起きる。
- 夢だった。ただの夢だ。――どうやらそう割り切るには、私の心はまだ弱かったようで。
- あまりにも懐かしく、何よりもそこへ戻る事を望む光景をまざまざと見せつけてきたその夢が恨めしく思えた。
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- 「はあ、……」 寝台の上で丸まりながら、今朝何度目の溜息かもわからないそれを吐き出して
- 決して振り切れる事はないだろうと自覚している郷愁を何とか心の片隅に追いやって、
- 「――よしっ! 働きましょうね! 今日も一日!」 銀猫のスイッチを入れる。
- いつでも明るくて、朗らかで居られる様に。そうしていれば、きっともうあんな事もないだろう、なんて。
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- 昨日までにまとめてきていた地図を便利な空間拡張の鞄へと放り込んで、
- その蓋を締めながら、運ぶための――一人じゃ猫の時に身に着けられないから咥えて運ぶんです――包みに入れ、確りと蓋をする。
- 〈星の標〉へと持って行った後、普段から装着を付き合って頂いているヴィーネさんに持って行く甘味を入れ忘れたのでそれも入れておき、
- 「――……」 ううん、と小さく喉を鳴らす。
- というのも、なんだか最近はどうにも指摘される事が多い。
- 例えば、何故猫の姿で地図を売りに来るのか、とか。
- 例えば、自分でポーチ開けないのは不便じゃないのか、とか。
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- いや、正直ちょっと面倒だなあと思っているんですけど、そうやって名を売ってきた――まあ印象には残りますから――のに、
- 突然それをやめてしまっては、なんだか私がその意見を認めるみたい、というか。
- やめたらやめたで、ああやっぱり自覚あったんだ……みたいな空気が流れちゃうし。
- 兎も角。
- 指摘があろうとなかろうと、これまでのやり方を変える必要はないでしょう。
- だってその方が雰囲気が出るし、実際こうやって名前は広がっているし……
- うん。いいでしょう、いいんです。
- 出立の準備を整えて、時計を確認して――うん。このくらいなら、まだ人が居なくなるような時間になる前に着けるでしょう。
- ハルーラ様への御祈りはもう済ませたし、朝食も食べたし。
- 服は――どうせ脱げるから、今のままでいいでしょう。
- 誰もいない部屋にぽつんと置かれた、顔も思い出せない飼い主がくれた紫のリボンに触れると、
- すっかり自分の匂いしかしなくなってしまった事に苦笑して。
- 「――いってきます」 誰にでもなく呟いて、猫の姿を取る。包みを咥えて、部屋の外へと――
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- ――地図を売り終えて、足早に〈星の標〉を後にする。
- 地図を売るのには他の宿も使っていたけれど、やはりこの宿の方が知名度の都合なのか、ガルバさんの眼がいいからか
- この宿が一番よく捌けて、また冒険者達の様子も好ましい。
- 買う側も売る側を見ているのは当然だけれど、逆もまた然り。売りたい相手、売りたくない相手、というものはどうしても出てきてしまう。
- 勿論そんな事は表には出さないけれど、自然と足を運んでしまうのはまあ、ここなのだ。
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- そのまま馴染みの店に顔を出して、必要な消耗品をいくつか補充する。
- ここに留まってからそれなりに経って、はじめの頃と比べると顔も名前も覚えて貰っていて、
- 会話もそれなり以上に弾んで。おまけして貰ったり、此方もチップを渡したり。
- そんなやり取りをしながら、遺跡を探しに行って、見つからない日ばかりだけれど――また見つけて戻って来る。
- そんな繰り返しをしていると、私も一人前になれるような。――そんな気がするのだ。
- 人に好かれる事が出来て、一人前になれたのなら。
- もう、誰にも捨てられる事は無いと思うから。