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「いたい」

20210401_0

!SYSTEM
が入室しました
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――深夜。依頼の帰りに行った野営地から、少し離れた場所。
見張りの一人に声をかけ、外の空気を吸いに来ていた青年は
武装もせず、ひとり 大きな木に背を預け、座り込んでいる。
 
ルトヴィーク
――胸と腹の間が、気持ち悪い。
理由は解らない。ただ、動物の眼を見ただけ。
たったそれだけで、身体がおれの身体じゃなくなったみたいになった。
剣を持つのも、振るのも、何をするのも、
おれの筈なのに、おれじゃない。
 
――胸と腹の間が、気持ち悪い。
考えても、理由は解らない。だって、眼を見ただけなんだ。
どんな眼を、してただろう。……そう、確か。
――ッ、く」 
ああ、駄目だ。思い出したくない。
手足が痺れて、腹の中が全部口から出て行きそうになる。……気持ち悪い。
 
――胸と腹の間が、気持ち悪い。
どれだけ考えたか、解らない。ずっとここにいた気がする。
に怒られる、かも。……でも、今は一人になりたかったし、誰かの(おと)を聞きたくなかった。
何の声を聴いても、――
――……あ、ぁ」  
――あいつの(こえ)が、聞こえて来る。
 
あれは、知っている感情(おと)だ。知っている(こえ)だ。
全部思い出した。だって、あれは。
「あ、……う、」  
あの感情は。あの眼は。
目の前でアウローラが傷付けられた時のおれと、
全部、一緒だったんじゃないのか。
 
――全身が気持ち悪い。
頭の天辺から爪先まで、全部が沸騰してるみたいで。
その中でも、一番気持ちが悪いのは、胸と腹の間じゃ、なかった。
ずっとうるさい、心臓が気持ちが悪いんだ。内側で、ずっと何かが暴れ回ってる。
それは、多分
おれがずっと見ないふりをしていた感情(おと)が、今になって必死に暴れてるんだろう。
 
――胸が、気持ち悪い。
「……、違う」
気持ち悪い、じゃない。
知ってたんだ。ずっと、聞こえないふりをしていただけで。
「……、……」
この感じを、おれは知っている。
――、い、」
この感覚を、おれはずっと、知っていた。
いたい……!」
左胸を、強く握る。すごく、いたい。
おれは、聞こえないふりをして 何人の感情(こえ)を殺してきたんだ。
自分の感情(こえ)も、聞こえないふりをして。幾つ、――
 
――明朝。
青年は何とか、身体を動かして野営地へと戻り
仲間との合流を果たしたが、その表情は普段のそれよりも目に見えて暗く、
何にも彩られる事のなかった瞳には ただ一点、
怯えた子供の様に 弱々しい光だけが灯っていた。
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