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20200526_0

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エメロードが入室しました
エメロード
ひっそり過去話でもやってやらう
 
 
これは私がまだ何者でも無かった頃の話。
私の頭には生まれつき角が生えていた。
どうやらそれは疎ましいことだったようで、私は居ないものとして扱われた。
今にして思えばそれでもまだ幸運な方だったのだろうと思う。
人知れず間引きされる事も無く、最低限の衣食住だけ与えてくれたのだから。
なけなしの家族の情というものが働いてくれた結果なのかもしれない。
ただ、名前を与えられる事はなかったし、人に会う事も禁じられていた。
私に許された世界(いばしょ)は薄暗い蔵の二階の一角だけだった。
格子の嵌った通気用の小窓から聞こえてくる外の音を聞きながら、私は一日中そこでじっと息を潜めて過ごしていた。
蔵の中を無暗に歩き回ったり、物を触ったりすれば叱られた。
聞きかじった歌を口ずさめばやはり叱られた。
境遇や待遇について疑問を口にすれば当然叱られた。
そうして私は何もせず、何も語らず、じっと過ごす事を覚えた。
そんな環境で何年も過ごした結果は見るも無残な在り様だった。
蔵に放置されていた姿見に映る私の姿は、艶の無い髪は伸び放題、頬はこけ、手足は針金のように細く、緑の瞳ばかりがぎょろりと大きい不気味なものだった。
私はそれを見るのが堪らなく嫌で、いつも鏡から背を向けて過ごしてきた。
 
暮らしに変化が現れたのは、たぶん10歳くらいの頃だったと思う。
まず、食事の量と質がどんどん落ちていった。
食事を持ってくる時以外は殆ど立ち入られていなかった蔵に、人が出入りする機会が増えた。
どうやら、蔵に保管されていた品を持ち出しているようだった。
私のような存在を囲って、生かしてきた事からも分かるように、裕福な家だったのだと思う。
そこに陰りが生じてしまったのだから、私は当然切り詰められる側の存在だ。
だからと云って打ち殺されるわけでもなく、水も食事も完全に断たれるということもなく、
私は緩慢に干からびて逝く筈だった。
起き上がるのが億劫になり、朦朧とした状態で一日過ごすようになった。
あと何度か意識が途絶えたら、もう目覚める事もないのだろう。そんな予感があった。
そして、―――
 
 
気が付くと、私の視界には見知らぬ天井があった。
明るく風通しの良い部屋だった。あの黴臭さと自分の糞尿の臭いが染みついた蔵とは全く違う。
清潔で、肌触りが良く、やわらかくて暖かな寝床もそうだ。
何が起こったのかまるで分らなかった。体力が落ちていて起き上がることもままならない。
今までそうしてきたように、私はじっと息を潜めて待つことにした。
しばらくして、現れたのは大きな男の人だった。
金色の髪と蒼い瞳のその人は、私が目を覚ましている事に気付くと目を細めた。
今まで向けられたことのないその表情が笑顔だと知るのはもう少し後のことになったのだが。
 
 
私が自ら訊ねようとせずとも、その人は私に何が起こったのかを教えてくれた。
彼はアレス・グラナートロートと名乗った。
私の生家があった村は、何らかの事情で困窮し、彼はその支援に乗り出したのだという。
そして、村の長の家に訪れた際に、衰弱した私を発見し、保護してきたのだとも。
口を挟んだり質問を口にすれば、彼の気分を害するかもしれないと思い、私は黙って話を聞き続けた。
信じ難い、現実味の無い話ではあるが、私はあの場所に帰らずとも良いらしい。
それは私に今まで感じたことのない安堵を齎してくれたようで、私は話の半ばで眠りに落ちてしまった。
 
目が覚めると彼はまだ枕元に居て、あの細めた目でこちらを見守っていた。
そうして、起き上がれるようになるまでの間、彼は私の元を訪ねて、傍にいてくれたのだった。
食べ物の話、ベッドの話、歌の話……そんな、私にも分る話からはじまり、少しずつ話題は広がっていく。
いつの間にか、私は自分からも口を開き、様々な疑問を投げかけるようになっていった。
最初に投げかけた問い掛けは――
名無し
 
「わたしにも なまえ ってあるの?」
エメロード
ずれた…きょうはここまで
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が入室しました
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