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- フレデリクが入室しました
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- 小さい頃、なりたいものがあった。
- 本の中と、大好きだった婆ちゃんの話によく出てきた、ヒーローって奴だ。
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- 15年前、俺は生まれて来たらしい。ガキだったから、詳しい事は何も覚えていないけど。
- 父さんと母さんの事も、よく覚えてない。
- ずっと一緒だった婆ちゃんの話じゃ、冒険者をしていたらしい。婆ちゃんもそうだったのか聞いたら、はぐらかされた事は覚えている。
- 特に有名な訳冒険者って訳でもなかったみたいだし、そもそもなんで冒険者なんかやっていたのかも知らない。
- ――よく考えたら、俺は父さんと母さんの事はあんまり知らない。名前と職業と、後は顔と声。
- それでも、愛されていなかったとか。
- 思われていなかったとか、そういう訳じゃない。俺は、俺達は、確かに愛されていたんだ。
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- 4つ下の妹が産まれた時、父さんは妹を頼むと俺に言って、頭を撫でてくれた。やっぱりガキの時の事だから、鮮明に覚えている訳じゃないんだけど――
- 照れ臭さと、嬉しさと。それから少しだけ誇らしかった覚えがある。
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- 妹が5つになった日から、父さんと母さんは帰って来なくなった。
- 婆ちゃんに聞いても、教えてくれる事はなかった。
- 理由は解らない。村の連中が言うように、穢れ持ちのガキを嫌がったのかもしれないし、依頼の最中に死んだのかもしれない。
- でも、それなら妹を連れて行ってくれたらよかったんだ。俺の事は置いて行ってもいいから、妹くらいは。
- この頃から、婆ちゃんは身体を悪くして。――これまでは表に出て来なかった、村の連中からの攻撃が始まった覚えがある。
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- 父さんと母さんが帰って来なくなって暫くすると、ウチは食う事にも困り始めた。
- ガキが2人と、もう働くことも出来ない婆ちゃんが1人。――入って来ないんだから、使ってしまえば減る一方なのは当然だ。
- 少しずつ減っていく金と飯に気付いて、自分の分も妹に食わせてやる様になった。
- ぶっ倒れない様に、妹と婆ちゃんの前では笑っていられる様にだけは気を付けて。
- だって俺は兄ちゃんだったし、父さんにも頼むって言われていたから。だから、凄え苦しかったけど何とか出来た。
- 二度とごめんだけど――必要があるなら、何度だってやれるな、とは思うけど。
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- 妹が8つになった日、村のガキが手を出してきた。
- これまでは、精々何か言われたり、酷くても、近くに何かを投げつけられるくらいだったから何とか堪えられたけど――それだけは、我慢できなかった。
- 妹を殴った村の連中相手に、殴りかかった事は忘れてないし、間違っているとも思ってない。
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- 妹に手を出した奴らに飛び掛かって――
- そのまま、連中の1人も殴ってやる事が出来ねえで、ボコボコにされたのは、まあ。……当然の結果だ。
- 人数差もあったし、何より身体に力が入らない。
- 喧嘩なんてした事もなかったし、鍛えてた訳でもない。
- 身体全部が痛えばっかりで、起き上がれないまま空を見ていたら、妹が泣きながら謝ってきやがるもんで――
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- 家に帰ったら、俺の怪我と妹の様子を見た婆ちゃんは、よう頑張った、と一言だけ言ってくれた。
- 妹をひとまず寝かせて、婆ちゃんと2人きりになると、それまでのものとはまた違うものが込み上げてきた。
- 上を向きながらそいつを何とか抑えてる俺に、婆ちゃんは言った。
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- 「……フレデリク、喋ってごらん」
- 「言いたくない事も、言いたい事もだ」
- 「そうやって、嫌なもので心を押し込めちゃ、お前の好きなものだって入れなくなってしまうよ」
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- 婆ちゃんの言葉は、少し強くて、少しだけ優しかった。
- 言われて吐き出す内に、堪えてたものが全部溢れ出して行く。
- ――あの空き地の時みたいに、ぼろぼろ吐き出して。
- 泣いてる俺の話を、全部婆ちゃんは聴いて、それから。
- 強くなりな、って小さく呟いてた。
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- 小さい頃、なりたいものがあった。
- 本の中と、大好きだった婆ちゃんの話によく出てきた、ヒーローって奴だ。
- そんな格好いい、一人前の奴になれたら。きっと、妹の事も泣かせないし、婆ちゃんにも美味いものを食わせてやれる。
- またあんな気持ちになって、泣くこともきっとない。
- 誰かを泣かせる事もないなら、誰かを助ける事ができるなら、きっとそれが一番だ。
- あんまりに小恥ずかしい夢だから、誰に教えるつもりもないけど――
- 少しだけでも近づいて、いつかなれるならそれでいい。
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- ――そんな風に思っていたのに。
- ケルディオン、とかいうこの大陸に流れてきたと知った。
- 元の場所に戻る方法も無い、穴の底みたいな場所だ。
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- いつか、この大陸を出て、帰る事が出来たなら。
- その頃には、婆ちゃんや妹にも誇れる様なヒーローになれたらいい。
- そうやって、焦って仕方がないのを誤魔化すのも、もう何度目かも解らない。
- もう、妹にも、婆ちゃんにも会えないのかもしれない。
- ――ああ。
- フレデリク
- 「帰りてえ、なあ」
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- フレデリクが退室しました