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- クヴァレが入室しました
- クヴァレ
- 別に今日急いでやらなくてもいい気はしたけどまあいいか
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- ――記録媒体内オケアノス・中央図書館。
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- オケアノスに到着後、一日目の夕方。各々が情報収集の為に都市内の散策に出掛けている最中、黒い眼帯に鉄製の首輪という特異な出で立ちをした少年は、一人、図書館へと訪れていた。
- 清閑な屋内は、インクや装丁、古い紙から立つ独特な匂いが充満し、ある種の安らぎを訪れた者に提供している。
- 所蔵された本に日光が当たらないよう、細かく計算された採光窓は、少年のはるか頭上に位置している。見上げれば、大気を舞う細かな埃が光に照らされて仄かに輝いていた。
- きっと高価なものばかりだろう蔵書達。それら背表紙に直接触れないよう細心の注意を払いながら、少年は目的のものを探す。
- クヴァレ
- 「……そういえば、これだけ技術が発展していても、本は本のままなんだ…」
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- 呟きは誰に聞かれるわけでもなく、ひっそりと空気に溶けて行った。
目の前の蔵書一冊一冊の価値は計り知れない。自分の命の価値など、この本と比べれば万分の一にも満たないだろう。故に、目的の文字列が印字された背表紙を見つけても、不用意には触れられなかった。
- ――『天体対話・Heliocentrism』 天文学にカテゴライズされた書棚の内の一つに、そんなタイトルの学術書が収められているのを、先刻の調査の時に発見した。
少年にとって、天文学などさして興味もない。彼の科学者・エイレイテュイアのような情熱もなければ、リアレイラやアコナイトのように分野問わず知識そのものに傾倒しているわけでもなし。
- むしろ、これら知識は、自分が今まで信じてきた夢物語を破壊する類の攻撃性を持っているとさえ言える。
- クヴァレ
- 「……はぁ…」
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- 鬱屈としたため息を吐いた後、少年は背表紙に指をかけた。
見たくなくても、見てみぬ振りができなかった。動機など、それで十分だ。
- 表紙は、見た目通りの革製ではないのかもしれない。指先に伝わる肌触りが、自分の知っているそれと少し違う。く、と指先を折り曲げて力を込めれば、本は驚くほどあっさりと少年の手の内に収まった。
特殊な化合物で出来た表紙が、隣り合った本とこすれ合う音。定期的に手入れを施されている蔵書は、多少位置が変わったところで埃が立つこともなかった。
- 丁寧に両手で本を抱えて、手近なワークデスクに向かう。椅子を引きずる音が存外大きな音を立てたものだから、少年ははっと顔を上げて周囲を見渡した。
- クヴァレ
- 「!」
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- 幸いにも周囲にいた人影は少なく、数少ない利用者に至っても、さして気に障った様子はない。安堵で肩から力を抜くと、今度こそ椅子に深く腰掛け、机上に鎮座する本を見下ろした。
- 深く腰掛けると、足が宙ぶらりんな状態になってしまった。本に手を掛ける前に、浅く座り直す。少し不格好だが、仕方がなかった。自分が矮躯なのは重々承知している欠点だった。
- 「……えーと、古代の地動説……勃興と、発展……星海三法則との関連性――」
- 目次に並べられた文字列を音読する。交易共通語でさえも最近学んだばかり。目次を読んで理解するのでさえ、多少時間がかかる。
- クヴァレ
- 「…とりあえず、最初から……」
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- 目次をめくり、片目だけで文字を追い始める。
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- 読み始めてからどの程度の時間が過ぎただろうか。採光窓から差し込む日光に、赤みが増している。
- 時間帯で自動的に切り替わる仕組みのライトが、ぱっと灯って室内を照らした。
- クヴァレ
- 「――……」
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- ふう、と肩から息と力を抜きながら、背もたれに体を預ける。
- 後頭部も背もたれへと預けると、自然と採光窓が見えた。まだ夕日は沈み切っていないが、夜へと移り変わっていく空には、小さな白い星々が瞬いている。
- クヴァレ
- 「……見覚えが、ある。何時ぶりだろう」
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- 此処の窓には格子こそないが、窓から夜空を見上げるこの状況には強い既視感を覚えた。
- クヴァレ
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